氣と経絡の実在への信頼と理想の治療法確立への思い(4)

前々回にも少し書きましたが、症状に対する鍼灸のアプローチには、経絡やの左右の虚実の別(氣の多寡多少が左右で違う)を弁えないと、効果が無いばかりか、事態によっては、症状が悪化します。そして、間違いと気付いた時、再び、反対側へアプローチすると、症状が解消します。但しその経絡の選択が正しい限り。

氣の流れの多い少ない、すなわち”虚実“に対して 、氣を補っても、余っている氣を抜き差ってもよいのですが、経絡を調和させる経絡治療という鍼法では、万全を期して、まず補うことを中心に考えます。そうすると、たとえば、人体の生命エネルギー場全体が弱った為に、邪気の振る舞いができないレベルの邪にまで、安全に対応ができます。

繰り返しますが、いざ、治療に向かう時、左右の同一経絡に流れる経氣の虚実(単なる氣の多寡、あるいは、特定の経絡の常軌を逸した弱り方や、余分な氣の滞り、バランスを逸した過剰な流れ方など)の判断が必要です。つまり同一経絡上の左右差の判断がより、患者さんにとって負担の少ない治療になります。

具体的には、過去にあった特徴的な症例を2つほど挙げさせて頂きます。
まず最近の例から書かせて頂きますと、
肝臓がんで全身転移されていた、年配のご婦人の患者さんでしたが、肝臓のある右脇胸(右側胸部)の痛みの除去改善でご来院いただきました。

まず、右脇の痛みのある部位を流れる経絡に対して、昨日書きました、患部と反対である左側の経絡に対して、子午鍼法で痛みが取れました。症状に対して、必ず、右側か左側か、エネルギーの少ない側へ処置をします。 両側を補うと、効果が半減したり、症状が悪化したりもします。

その時は、今から想えば安易だったのですが、まず痛みを鎮圧できた段階で、さらに元気を賦活再生すべく、頭頂部から衝脈狙いで体幹部の中心部センターラインに沿って(左右関係のない体幹の内臓のど真ん中の奇脈)へ、気功療法で氣をおぎなう処置をしておりましたら、先ほど除去したはずの右脇の痛みが再び復活してきました。

つまり、五臓の経絡というよりも奇経によって身体の中心に氣を注いだのですが、元気を補うという意味では、それが最短コースであろうと感じていたのですが、そのことが返って左右の経絡に流れる氣のアンバランスの高低さのワイドレンジのレベルを余計に広げてしまったのかもしれませんし、とに角そこで痛みの元となっている氣(電子、電磁気)の滞りの帯電を増やしてしまったようでした。

ひょっとしたら単一の経氣の電位異常が痛みの原因であるだけでなく、経氣の左右の差が脳が異常と捉え、左右差の電気的情報を”痛み”として感知せしめているのかもしれません。

この後、この患者さんの治療で、再び、選択的に右脇痛に対して、左右経絡の内、より元気の少ない方だけへ処置しましたら、痛みが全く消えてしまいました。

その後の全体調整も、左右の別に細心の注意を払うことで、痛みを除去する治療を完了することができました。
いつものことながら、左右の経絡運用に際して、左右の虚実とバランスを見極めることの重要性を改めて感じました。

次にもうひとつの症例は、左右の区別という意味では、非常に特徴的であったものです。
もう10年近く前の患者さんですが、前立腺がんの痛みの症状改善で往診治療していたことがあります。前立腺から患部周辺の骨盤や坐骨神経、末梢神経などに転移しており、患部あたりから左右の下肢に広範に症状が出ていました。痛みの症状がかなり強いものでした。

この下肢の痛みの症状に対して、やはり、子午鍼法で上肢の経絡(心臓、心包、大腸、肺等々)の経絡の氣の流れの多少を調整し、症状を取り去ってゆきました。この氣の流れの少ない方へ鍼によって氣を補て調整してゆくのですが、その判断根拠としては、症状の改善と同時に脈診で、脈状の変化すなわち、脈の形状の改善を診てゆきます。

ところが、この時に困ったことに、右か左かを決めてゆくのに、変化が激しすぎて左右の氣の流れ方がすぐにスィッチして変わるのです。

左右のうち、より氣の流れが少ない方へ鍼で氣を補う施術をすると、最初は、痛みが引いてゆくのですが、すこしでも長く氣を補いすぎると、臨界点を超えるのか??、また痛みが復活する。

もちろん脈診においても脈状の変化もそれに同期していて、最初は氣を補うと、元気が衰えた脈が充実し求心力をもつため、脈の形も最初はいい方向へ、つまり脈が求心性をもって細く締まってゆくのですが、臨界点を越えて、氣を長く補いすぎると症状が悪化すると同時に、脈も陰陽の調和を失い、つまり胃の氣という生命力の求心力を失って開いてしまう。そしてその時点で、今度は、反対側を補わなければならない。

反対側も全く持って同じ状況なのです。言っている意味がうまく伝わるかどうか心配なのですが、これは、鍼の操作だけでない場合も同様です。例えば、わたくしたちの研究会(神戸はり医術研究会)では、診断から治療に至るまで、N極とS極の磁石を用います。それもかなり強烈なものです(使い方に関して、ご興味のある方は、神戸はり医塾というところで教えていますので、ご連絡ください:2017年現在では、解散しており、2014年当時代表の葛野先生の玄庵塾で習得が可能です。もちろん、当院でも個人的にご相談にのります)。

日常の臨床では、この磁石によって経絡の氣を調整する操作で、経絡の妥当性や、左右の区別も行うことも可能です。

実は、この磁石をもって診断、軽度の治療が可能であるということは、磁石のもつ磁気つまり、人体に据えたN極とS極が身体に作用を起しています。

これはツボを変えたり、添付した磁石のN極とS極を逆転させたり、磁石を添付する左右の手足のツボを入れ替えたり、組み合わせが間違っていると、全くうまく行かなくなります。症状の改善も脈状の改善もならないどころか、悪化することさえあります。

ある特定の組み合わせ(その患者さんの状態を調整瀬売る方向に向かう組み合わせ)だけがよい効果を発揮させます。まだまだ組み合わせが100%完全に判明したわけではないでしょうが、かなりの組み合わせが分ってきています。
当会は、症状から判断するのは、イレギュラーでむしろ通常は、脈状診で腹部の五臓診断ポイントを観ながら判断してゆきます。
わたしは、文系で、どういうメカニズムでそうなるのか分らないのですが、いずれにせよ、症状と脈状診が鍼を施術しているかのごとく、磁石のもつ磁気が経絡の氣を調整していることになります。

つまり、この時もまた全く同じように、最初は、症状が改善から脈状の変化まで同じで、最初は良い方向へ向かうのですが、氣の補いにある一定の時間を超えると、痛みが復活し、脈状も悪化します。

その間、時間にすると、ある日は、数十秒で左右交代する。またある日は、わずか十秒に満たない時間で左右交代するという事態が起こっていました。

前立腺は身体の正中線上に尿道があってそれを挟んで取り巻くように左右にある臓器です。左右とも近いので組織の炎症の熱なども左右互いに波及しやすいでしょう。ただそれが左右の経絡のシーソのような虚実に反映されるということに気付くことが重要だと思います(皮内鍼を開発した赤羽幸兵衛先生は、かつて経絡の左右のシーソ現象を提唱されていました: 参照:https://www.jstage.jst.go.jp/pub/pdfpreview/jjsam1952/4/1_4_1_55.jpg)。

この患者さんも最終的に鍼によって痛みの症状が安定したのです。実は、この患者さんの治療の開始の前に、研究会の葛野代表にこういうことが実際におこることがあるということを聴いておりましたので、この時も慌てず診療することができました。

患者さんの症状、苦痛除去の為に、こういうことを毎日毎日繰り返しているのです。

 

いよいよ、このテーマの最後、締めくくる前に、前々回、ブログで、

「・・・中国医学の主要医学書である、黄帝内経には、人体の前後左右などを意識して治療する重要性が度々、強調されています。お腹の病は背中から、背中の病はお腹から(治療する)という主旨の言葉があります。

これは従来、背部癒穴とお腹の募穴の関連で説明されますが、むしろわたしは、前後のバランス関係(拮抗関係にある筋肉にせよ、氣の虚実関係にせよ)の重要性に着目せよと言っているのだと思います。左右も手足で交差するような鍼の刺し方を示唆する篇もありますが、氣の虚実を前提としています。

しかし正直に言って、これは一概に言い切れず、正確性を期していません。鍼の使い方は、必ず氣を漏らすという立場になってしまっていることに、合点がいきません。しかし、いづれにせよ、左右の氣の虚実に留意せよとの重要なメッセージ性を感じます」

と書かせていただきました。

これは、以上の如く、左右のバランスの例で書いてきましたように、経絡という全身を巡り、それぞれが複雑に関係しあっている氣の流れ道があるからです。

逆に言うと、その相互の連続性と関係性によって、人体の恒常性を保とうとしているとも言えます。経絡はそれぞれ特定の五臓六腑(内臓)に従属し、体表に出でては、人体の縦を流れるものが基本でありますが、それを支える横の流れの絡脈というものもあります。

また、人体後面(背腰)と前面(胸腹の)のツボの対応関係、つまり人体前後の氣の流れの存在。つまり頭や体幹部のセクションごとに纏まった氣街という氣の集合部がありますが、これらによって、経絡というどちらかというと、平面図的なイメージが立体的、3Dのまるで“ホログラム”映像のような電磁気(電子)の流れであることが分ってくるのではないでしょうか??

わたくしは、”自身の”鍼法の更なる向上の為には、これまでの中国医学の経絡という平面図的な理解の仕方ではなく、もっと立体的な氣の流れの把握の仕方が必要だと気付きました。

ところが古代に文献には、そういうものがほとんどない様にも思います。

そこで一旦、今までの視点や考える枠組みを壊すと、今まで優秀な先生方によって、よく考え整理され抜いた“整体法”の中にも、例えば抗重力であるとか、骨格の変位(脊柱の配列のズレや異常。あるいは骨盤、その他などの歪)などは、氣の古典鍼灸理論において、今までは、そういう解釈は存在しなかった。

鍼灸と整体を組み合わせて施術される先生方はいても、両者に統一キイが無いため、ロスがあったり、効果を相殺づることもあるようです。ここを、氣の偏在や虚実という統一キイーを病態の評価法としてできるかもしれない。そこにこそ、新しい視点、ヒントがあるのだと思い至りました。

そこで、2年ほど前(2014年当時)に、唐突に思われた仲間の先生方もおられましたが、一旦それまでの研究会に別れを告げて、あらたな道を切り開くべく様々な“整体法”の研究に入っております。
しかし、一旦、こちらの領域に踏みいったら、様々な考え方、手法があり、予想をはるかに超え、日々とても新鮮な感動を覚えております。

やがては、氣の立体ホログラムを読み解き、患者さんの症状を、3Dの観点から五臓六腑の氣血水の”動態的偏在あるいは、流体”として理解して、経絡や、その部位をバランス調整する新しい方法を編み出してゆきます。考え方ひとつで、日々、沢山のヒントを様々な事象から学ぶことができますから。

以上

随分、長くなってしまいました。
勝手な戯言を、
最後まで、お読みいただいた方々に感謝いたしております。

(2014年 10月2日 ブログ初出)

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