氣について。存在すると言うことを前提の私自身の体験談です。

三度、”氣”というテーマを追いかけます。

わたしが、20代後半(28ぐらい?)のときに、上海から来られた沈再平老師に4年間ほど、氣功や太極拳を習いました。
横浜の氣功太極拳の教室で老師に初めてお会いした当時まだ、老師は34歳だったと記憶しています。
老師は、5歳から父親から厳しい気功や武術の訓練受けておられたので、30年間は鍛錬を続けておられたのでしょう。
お父様は、幼い子に対して、大人でも耐えられぬようなとても厳しい訓練を課されたようです。
(本件とはあまり関係がありませんが、老師は、若い時代、上海の京劇と目される”越劇”の俳優さんでもありました)

わたくしは最初は、氣功が何かも知らなかったのですが、教室の宣伝のチラシをみてふと見学してみようという気になりました。

老師に初めて会った時の印象ですが、体躯はそんなに大きな方ではなかったのですが、可笑しなことですが、部屋の照明が特別強烈でもないのに、顔や全身が白くやわらかく光り輝いているように見え、そして何より不思議ことは、何度目を凝らしてみても、34歳の男性が10代の少年のように見え、この先生は、一体何歳か?と心の中で繰り返していました(2回目からは大人に見え(笑)ましたが、それでも肌がとても白くてきれいだった)。

話の順番が前後しましたが、教室では、男性の着替えは、倉庫で行っていたのですが、わたしが着替えていると老師があとから入られてきて、背中越しにカンフースーツに着替え始められました。暫くすると、「ハー、ハー」と息を吐き出す音が聞こえてきたので、振り返ると、老師は、両手を顔面にかざして、息を吐いておられました。

少し後になって教室で習ったのですが、それは功法のひとつで、顔面に氣を照射して、顔面や目に生気を与え、全身を活性するものでした(顔面は全身の陽気が巡る経絡の要衝のツボが集中しています)。また当然、眼が開き、瞳が輝き。顔面全体の見栄えも元気に満ち溢れたものになります。因みにこれは、わたしも使っています。氣は誰にでもあるどころか、森羅万象の存在の根源粒子であり、また宇宙のありてあるものの生成化育のダイナミックなエネルギーの動きを指しています(前回も紹介いたしました、天野仁博士は、量子の超弦理論で説明さることもあります)。

教室では、皆に”氣”の実在を実感させる為、離れたところから強力な氣を照射して人を遠当ての術さながらに倒したり、人の後ろに立って、氣を送ると見えていないのに、先生の手に動きにあわすように動いたりもしていました(被術者は、鏡をみていたなんてことはありません:笑)。私自身も、先生に印堂穴という第三の眼のところに、氣を送って頂いたことがありますが、太いロープのように収束したお湯か熱波のようなものがわたしの眉間に降りかかってきたのを今でも鮮やかに覚えています。

毎回毎回、いきなり異空間に突入したような不思議な感覚でありながら、しかし目の前で現実におこっている現象に興味深く確かに夢中になって参加している自分もいました。

また、伝統的な太極拳では、楊式中架120式という家伝のものも2年ほどで、套路の半分を教わりましたが、とても長く複雑でとうとう覚えきれないところで、終わってしまいました。家に帰って早速何度も何度も毎日復習するのですが、何せ本来は秘伝のものですので、テキストもビデオも存在しないので、苦労しました。でも型がとてもかっこいい!ので夢中で練習したことも覚えています。また型の意味を武銃的な角度や、氣の導引の面から必ず説明をされていました。

先生も、恐らく型を全部教えるつもりではなく、そのなかの大切な氣を導引(体中に操作)するエッセンスを伝えようとされていたのだと思っています。教室でも、何度も何度も、氣の感じ、氣の導引がなければ、単なる筋肉の運動に過ぎなくなる。氣の感じが最初はつかめなくても良いから、
わたしの動き、動き方を出来るだけ真似してほしいと仰いました。

当然、教わっていた4年間ですが、毎週毎週、眼を皿のようにして、先生の動きを凝視し、真似をしました。それが実は、先生の太極拳の動きの中でくるくると渦を作ったり、空中で糸のようなものを結ぶ動作がところどころに入るのですが、実感として今頃、その意味が少しだけつかめる様になって来ました。

因みに体内の氣の流れ補ったり、余剰な氣を抜くのに、鍼でも捻るようにすこし回転させます。しかし、古典文献に書かれてあることだけが、真実ではなく、もっと微妙で身体の変化に対応させなければなりません。文献の記載だけでは、むしろ間違いが起こると感じています。

わたくしは、関西の鍼灸の学校に入学しましたので、関東圏でしか教えておられなかった、再平老師の教室に通えなくなりましたが、現在、鍼でも氣功でも、氣を操作することを必ず念頭において治療を行っております。わたしが現在踏襲している鍼の術式は、”氣鍼”といいますが、これは、葛野玄庵先生が編み出されたものですが、わたくしは、特にこういう実体験の思い入れも、その中に込めています。

鍼ももちろん、筋の凝り固まった反応店などに刺して、激しく動かせば、筋繊維は確かに緩みますが、それだけでは、バランスを無視することになり、あとで様々な副作用てきな症状などが出てきます。
また反対に経絡(氣の流れ道)や氣だけ考えるのも、これもまた片手落ちになります。

現代医学的な観点と氣の医学的な観点の重層的、2重写し的な眼をもつことが大事であると、日々学び、また
患者さんに施術させていただいております。

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